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悔やまれる判断~私は娘じゃないの?

2010–01–31 (Sun) 19:50
前回からの続きです。→ <「自責の念」の序章 >

土曜日に体の異変があった母は、翌日の日曜日は眠気が強く、一日のほとんど
の時間眠っていました。
今から思えば、おそらく脳の血流が悪くなっていたのでしょう。

この時点にでも私が、脳腫瘍の症状ではないのでは? という疑問を持ち対処
していれば、その後の後遺症が軽くなっていたのかもしれないと思うと、
悔やまれてなりません…。
もし、私がうつ病でなかったら、的確な判断ができたのかも…。

翌日の月曜日、数年前からお世話になっていた脳腫瘍の担当医に、母の病状を
看てもらうため、病院に向かう父の車に乗り込みました。

母を車に乗せ、私(名前→しばわんこ)もその後に乗り込み、父の運転で出発
しようとしたところで、母が言いました。
「待って!まだ車に、しばわんこが乗っていない!」

私 「私は、後ろの席に乗っているよ?」
母 「あんたじゃなくて、しばわんこさ…。」
私 「えっ、私、しばわんこだよ!」
母 「えっ。」

私は、かなりのショックを受けました。胸が締め付けられる思いでした。
母は、私を娘だということさえ分からなくなってしまったの…?

このときは、そう思いましたが、後から母の病気の後遺症を考えてみると、
母が探していたしばわんこは、大人の私ではなく、子供の頃の私だったのでは
ないかと思います。

【下に続きます。↓】
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追記 – open

「自責の念」の序章

2010–01–29 (Fri) 19:55
前回からの続きです。→ <トラウマ ~ 今は亡き両親の夢に>

私が自責の念を持つこととなった事柄と原因を、大まかに探っていこうと
思います…。

私は物心ついた子供の頃から、両親はいつも仕事で忙しかったため、私のそば
にいた記憶もあまりなく、私はおそらく、親に甘えたこともなかったように
思います。
そのせいか、親離れが早かった子供でした。
早く親から自立したいと思っていました。

その私が両親のことを守らなければならないと感じはじめたのは、20歳代半ば
ぐらいからでした。

父が胃癌になり、手術で胃の3分の1を摘出。
その1年後、母は助かるか分からないと言われた、かなり悪性の脳腫瘍で、
手術、抗がん剤、放射線治療を受けました。

幸い二人とも、命はとりとめましたが…。
長年身を削り、我が家の家計のために働き続けてくれた両親が、見違えるほど
痩せて小さくなりました。

私は親に守られて育ったという感覚を、特別感じたことはありませんでしたが、
金銭的に厳しい生活でも、食事をとることができ、学校に行けたのは、やはり
両親が守ってくれていたのだと思います。

両親の病気後から、「今度は私が親を守る番がきた…。」と感じながらも、
数年後に私が結婚したため、同じ市内ですが、離れて暮らすことになりました。

今から思えば、結婚後も私は、両親の病気の再発に怯えていたのかも
しれません。

【下に続きます。↓】
追記 – open
テーマ→医療・病気・治療 / ジャンル→心と身体

トラウマ ~ 今は亡き両親の夢に

2010–01–26 (Tue) 21:16
前々回の記事からの続きです。→ <カウンセリング費用の価値観>

私には、一生背負っていかなければならない「トラウマ」がありました。
それは、10年ほど前に、両親を相次いで亡くしたことが原因となりました。

一般的な人は、おそらく時間の経過と共に、肉親の死を受け入れ、過去として
認めていくことができるのだろうと思います。

私の場合は違いました。
何年、時が経過しても、自分の心や頭の中で、両親の死を過去にできないのです。
10年ほど前のことが、まるで昨日のことのように思い返されるのです。

それでも数年経つうちに、そんなことではいけないと思い、日常生活ではできるだけ
両親のことを思い出さないよう、記憶と心に蓋をして、他の事に気を紛らわせて
過ごしていたように思います。

人の記憶の回路は、同じことを繰り返して思い出すことを続けると、そこの回路が
強くなり、簡単に思い出し易くなると、以前テレビで見ていましたので…。

4年前にうつ病が治ってからは、起きている時間は、なんとか記憶の蓋を開けない
ようにコントロールできていました。

問題は、睡眠中にありました。

両親が亡くなって以来、2009年5月まで、体調により変動はありますが、1週間
のうち5日ぐらいは、両親の夢を見続けていました。

他人からみると、亡くなった家族の夢を見られるなんて、いいことのように
思われるかもしれません。

【下に続きます。↓】
追記 – open
テーマ→ / ジャンル→心と身体

「心の傷と…」 の まえがき

2010–01–26 (Tue) 20:59
「心の傷とカウンセリング」のカテゴリを読んでくださる方へのお願い。>

こちらのブログを読んでくださる方を暗い気持ちにさせたり、不快な思いをさせて
しまうことは、良くないことでは? と考え、「心の傷」関連の記事を書くことに
一時迷いましたが、あえて私が経験した辛い出来事も書いていこうと思いました。

このブログは私にとって、自分の心に整理をつけ、客観的に見つめることによって、
これから、どのような心を持ち、どのように前向きに生きていったら良いか、
模索していくことをテーマとしたからです。

そのため、記事によっては重い内容で、読む方のお気持ちを、不快にさせてしまう
こともあるかと思います。

そのことをご了承の上お読みいただくか、暗いお気持ちになりたくない方は、
スルーしていただくことなどで対処くださいますよう、お願いいたします。

次の記事はこちらです。→ <トラウマ ~ 今は亡き両親の夢に>

カウンセリング費用の価値観

2010–01–24 (Sun) 21:13

前回からの続きです。 <前回の記事→ 選択が難しい カウンセリングルーム>

カウンセリングにかかる高額な費用を、私なりにこう考えてみることにしました。
精神病院に通うのにも、費用が必要です。もし仮に、下記の金額が同じだとしたら…。

<以前、8年間うつ病で治療していましたので…>

精神病院の1回の医療費 × 8年間分 (例えば、治るための年数)
カウンセリングの1回の費用 × 1年間分 (例えば、治るための年数)

こじつけかもしれませんが、もしこれで、同じ体調まで治ると仮定した場合、
違うのは「投薬の有無」と「7年間の時間の差」だと考えました。

トータルで同じ料金を払うとしたら、私の体に合わない薬も不要で、元気に過ごせる
時間が長い方を、選びたかったのです。

正直いって、私にとって精神病院のうつ病の治療は、一時的な不安をとるだけの
対症療法で、うつ病改善の効果を感じることができませんでしたので…。

(これは、精神薬の効果が薄く、副作用が強く出る体質の私の場合です。
誤解のありませんように…。)


私は、うつ病になっていた8年間は、取り返すことのできない大事な時期でした。
うつ病のせいで、多くの後悔を残すこととなり、重要な問題も、諦めなくてはいけない
結果に終ってしまいました。

8年間は、人生の大事な分岐点の時期でした。

【下に続きます。↓】

追記 – open
テーマ→メンタルヘルス / ジャンル→心と身体

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プロフィール

しばわんこ

Author:しばわんこ
夫は2000年にうつ病発症、現在も通院治療中。

私も1998年から2005年までうつ病を経験し、現在克服。
2008年にパニック障害になり、2011年頃よりパニック症状はなくなるが、飛行機や長距離の電車などは、緊張感からくる胃の不調に悩ませるため、未だに苦手。

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